中村倫也を語りたい

中村倫也ファンによる中村倫也ファンのためのファンブログ。倫也さんのことを中心に書いてく予定。予定は未定。

映画「100日間生きたワニ」感想文

こんにちは!!本日は中村倫也さんも声優を務められた映画「100日間生きたワニ」の感想文を書いていこうと思います。
ブログ名の通り、私は大の中村さんファンですが、今回は彼についてほぼ触れません。純粋にこの作品はどういう作品だったのかについて書いてきますので、ファンじゃない人も安心して読み進めていただければ幸いです。

*********************

この映画に関しては、いつも書いているあらすじは不要でしょう。笑
ということで本日はいきなり本題に入ります。

テーマは以下の3つについて。

  1. 原作リアタイ時の振り返り
  2. 前半の退屈さはなぜか
  3. カエルというオリジナルキャラの凄さ


1.原作リアタイ時の振り返り

この作品と炎上は、切っても切り離せないものでもあるので、映画の感想を語る前に原作連載時から完結後にかけて当時私が感じていたことをそのまま書いていきます。

映画本編とはそんなに関係ないので、読み飛ばして頂いても構いません。笑

原作「100日後に死ぬワニ」はちょうどコロナが徐々に世界に広まっていった2019年の年末から2020年の3月にかけて、1日に1話ずつTwitterで更新された4コマ漫画です。
私自身、稼働させているTwitter垢が3つあり、そのうちの一つのゲーム垢はやはりそのフォロワーの特性からアニメや漫画好きが多く、この100ワニもかなり初期からRTで回って来ていたため、存在は初期から知っていましたし、ちょくちょく読んではいました。
タイトルがネタバレ、でもだからこその最期を迎えるまでのカウントダウンのように刻まれる1日1話ごとのストーリーは、それ自体はほのぼのとした日常なのになんとも言えない物悲しさがあり、それと反比例する形でTLの盛り上がりが高まっていっていたのを記憶しています。
私はといえば特に漫画が好きなわけでもなく、Twitterに日常的にたくさん流布している漫画たちを読むこと自体も少なかったため、そこまでハマってもおりませんでした。しかし、100日目が近づくとテレビでも取り上げられるようになり、なんとなく明日が最終回だなーと気にする程度くらいにはなっておりました。

そして迎えた100日目。正直最終回を読んだ記憶がほとんど無くなるくらい、完結直後に書籍化、映画化、グッズ展開などのお知らせが怒涛のようになされた(そしてHP上にあった「電通」の文字?)ことを受けた読者たちの“騙された感“からくる炎上の方しか記憶に残っていないくらいです。笑

私自身は前述の通り、そこまでハマっていなかったこともあり、怒りは別になかったのですが、最終話の余韻にすら浸らせてくれなかった“商業化“のスピードに関しては、当時疑問を持たざるを得ませんでした。
電通が絡んでいたのかどうかはまぁどちらでもいいとして、原作者がどこかとタイアップしながら、それを表に出さないように巧妙に100日間更新をし続けて、徐々に話題となり、終盤は裏でメディアでも取り上げさせながら、より話題作りをさせた………
とは全く思っていません。

あのSNSでの盛り上がりは純粋に作品による力だけのもので、盛り上がりがすごかったから各メディアでも取り上げられるようになったのでしょう。

対して広告代理店や大きく括ってメディア業態は、世の中の流行りごとを敏感に察知してそれを使ってお金になることを考えるのも仕事です。(たぶん)
100ワニの異常な盛り上がりを見た業界の人は、これはお金になると踏んだのでしょう。盛り上がりが最高潮となる最終回直後に書籍化、映画化、グッズ展開などのお知らせをして、多くの人の目に触れさせようとしたのでしょう。

でも結果的には代理店?が仕組んだそのマーケティング戦略は大失敗に終わったわけですね。皆さんご存知の通り。

この物語は「死」を扱っていて、最終回は主人公が死んで終わる。
そして4コマ漫画ならではの余白も手伝って、いろんな考察をすることもできた。

それがこの早すぎる商業化の流れのせいで、読者が余韻を感じる隙が与えられず、100日間の盛り上がりが台無しになってしまった。そう考えるとなんだか原作者のきくちさんも不憫に感じられる。


100ワニのこの大きな炎上はSNSという無料の媒体ならではの特徴だったように思います。(世間の電通アレルギーもかなり手伝っていると思うけど)
SNS上では実にたくさんの漫画家や絵師さんが活動していて、それを見る人たちは無料でそれを見させてもらうわけですが、そのお返しとして、絵や漫画をあげる人たちを応援する気持ちを持っている。つまり、いいねやRTや感想をリプすることによって。
なぜ応援するかというと、もっとその絵が見たいから、つまり活動の継続を願っているからです。ある程度Twitterで連載した後、人気になって書籍化された漫画家さんがTwitterに続きをあげなくなっても、続きが気になる人は書籍を購入するでしょうし、さらにファンになればグッズなどを購入することもあるでしょう。

でも100ワニの場合は100日間をリアルタイムで追うことに意味があってだからこそ大盛り上がりを見せたのであって、多分続きを待ち望まれる作品というわけでもない。つまりピークは絶対的に100日目であって、それを超えることはない。(加えて絵がとても魅力的、とも言えない。すみません…)
とはいえ、100ワニの読者は、少なからず作者に対して応援する気持ちを持ちながら完結を待ち望んでいたのに、実は商業化が最初から決まっていた、と受け取られても仕方のないスピードでの完結からすぐの商業化に、多くの人が応援してきた気持ちを裏切られたように感じてしまったのでしょう。

ここまで長々と書いて、何が言いたいかといいますと。笑
このマーケティング戦略を仕組んだ人は、100ワニがなぜこんなにもバズったのかという本質を理解しないまま、バズったからとりあえず商業化すればお金になるだろうという安易な発想の戦略をうってしまったのかしら?ということです。

ちょうど、仕事柄マーケティングに関わることをしていてそんなことを感じずにはいられず、この案件は大変勉強になりましたので、文字にしてみました。笑

2.前半の退屈さはなぜか

さて、ここからようやく映画「100日間生きたワニ」の感想文に移っていきますよ。笑

私がこの映画を見ながら前半感じていたことは、なんか長く感じるなぁ…ということでした。

原作の良いところは100日後に死ぬということが読者にだけわかっていて、でも物語の中では至って普通の日常が繰り返され、その一つ一つの出来事が100日後に死ぬことがわかってながら見るからこそグッとくる所でした。
それが毎日連載される4コマ漫画から映画という媒体に移った時、慣れてないからなのか何となく間延びしてるように感じられたのだろうと思います。

実写の邦画の場合、セリフや大きな動作がない中で風景や音や演者の表情らの移り変わりだけでシーンが進んだりして、上辺の情報量が少ないことは結構あると思います。
でも風景や音や演者の表情は、作品を理解する上ではそれぞれが非常に重要なピースにもなっているから、上辺の情報量が少なくても、邦画が好きな人には退屈には感じられないものになってきます。

一方、4コマ漫画を映画化した本作は、アニメ映画ではありながら実写の邦画のような形で物語が進んでいく。
4コマ漫画であることから、絵が平面的で動きも極端に少なくセリフも少ない。
先程述べたような上辺の情報量の少ない邦画よりも、さらに観客が受け取る情報量が少なく感じてしまう。
原作がある作品で、Twitterの時のような1日1日のカウントダウンではないから、なんとなく退屈に感じたのかな、と思います。

3.カエルというオリジナルキャラの凄さ

2で述べたような退屈さは、ワニがいなくなった後の100日後から一気に無くなりました。
原作にあるワニが死ぬまでの100日間は日常であることがその良さであったこともあり一方で映画になると退屈でもありましたが、ワニが死んでからのネズミやモグラたちは大切な日常を失った喪失感に覆われていて、そこに空気の読めないカエルが現れる。この異物感が、素晴らしい展開になっていてとてもよかったです。

カエルの妙なテンションの高さとそれによりみんなにやんわりと無視し続けられる姿を見ているだけで、なんだか胸が締め付けられるように感じました。なんでこんなことを思うのだろうか…見ている時はその原因がよく分からなかったのですが、カエルにとにかくとてもずっとグッときていました。

わからないなりに、昨日映画を見てから今までずっと考えていたのですが、なんとなく今の時代らしいのかな、と私は感じました。

今ってSNSによってよく事情を知らない他人と接する機会が非常に多くなっていると思います。SNSでのつぶやきだけでは、その人自身のリアルな日常に何が起こっているかはよくわからない。その人が今までどんな人生を送ってきたのかもよくわからない。
カエルはそんなSNS上での出会ったばかりのフォロワーさんの距離感とも似ているなぁと感じました。

以前このブログでも他人に対する「想像力」の話をしましたが、そこで感じたことと似たようなことをカエルにも感じたのかもしれません。
seeen-tomoya.hatenablog.com
これを今書きながら、監督はきっととても優しい方達なのだろうな、とも思い始めました。

カエルがバイト先のヘビに振られた後にネズミの店に向かい、泣き出してしまい、自分のことを話し始めた時、肩を叩き一緒にバイクに乗ろうと誘ったネズミと同じ様に、私もカエルの心の中が一気に感じられました。

バイクに乗り、ワニとも見た景色をカエルと見ながら、ワニと過ごした時がデジャブった時、ネズミは大粒の涙を流し始める。ネズミが泣いたのはきっとワニが死んでから初めてだったのではないか、と感じられるような涙でした。


そして、カエルのセリフで一番印象的だったのが「初めて目が合った」です。そしてこの後に言ったありがとう。あーなんて不器用で良い奴なんだろう…って。すごいキャラだなって本当に思いました。


悲しいことや苦しいことがあった時に、自分一人で乗り越えようとすることも大事だけど、やっぱり人間は人と人との繋がりがあってこそ、お互いの苦しみを乗り越えられるんだ、ということが私がこの映画を見て一番感じたことです。



…………というカエルのこの段落を書きながら、なんかボロボロ泣いてしまいました。映画上映中はそんなに泣かなかったのに。笑
63分という尺は映画にしては確かに短すぎるものだけど、余白が多いこの作品は映画が見終わってからも考えられることがたくさんある稀有な贅沢さのある作品で私好みの作品だったのだな、と今やっと思いました。

最近話題のファスト映画との対極的な存在の作品でもあるように感じます。


ぜひいろんな人に届いて欲しいなーと思います!!!


*********************

〜〜あとがき的なやつ〜〜

ブログを書きながらこんなにボロボロ泣いたのは、多分初めてです。(ファーストラヴの感想書いてる時も少し泣きかけたけど。)
エンドロールを見ている最中に、電通の文字を探して無いんかーだよねーとか(無かったよね?)思ってしまうくらい、結局100%フラットには見れなかった自分に嫌気が少しさしながらも、見終わって1日経ってこのブログを書きながら、やっぱりこの映画は見て良かったなーと思います。

推しが声優をやっていなかったら見ることは絶対になかったと思ってしまうことが、逆説的にほとんどの人が見ようと思ってくれないのではないかということになり、悲しくなってしまいますが、少しでもクチコミなどで見ようと思う人が増えてくれたら嬉しいです!